物事はすべて最善に向かっている。と思う。

努力しようがしまいが、同じ結末なのか?という問いに対しては、努力しなかった場合の「最善」が訪れるだけ。今の状況下における最善が常に今起こっていると僕は考えている。努力をいくら重ねても、試験に不合格だってあり得るには、やはりそれが最善だったからだと思う。短期的に見て、不幸に見えることも、時の流れの中でそれは裏返るときがある。

例えば僕は受験生時代、第一志望を落ちているが、回りまわってそれが関西へ行くことへ繋がり、そこで仲間ができ、今の生活に繋がっている。もしあそこで成功していたら、そのままレールに乗っかって、本当はしたくない仕事をして日々愚痴を溜め込みながら生きていたかもしれない。振り返れば、第一志望に受かることよりも幸せなことな出会いや体験が待っていたのだなと思うのだ。

全てに意味が宿る

僕は今人生の中で一番幸せな日々を過ごしている。立ちはだかる壁は、今でももちろんあって、それは成長とともに高くなるが、正直そんなものはどうってことない。過去を振り返れば、あらゆる経験が、今のために存在していることが分かる。そしてまだ意味を見いだせていない事象もいつか、意味を帯びる日が来る確信がある。

目の前の不幸を、不幸と認識しているうちは、心は強くならず、目に見えないものに縛られたまま人生を歩むことになる。僻み根性が育ち、人の幸せを自分のことのように感じられなくなる。これが本当の不幸だと思う。

不幸こそ好機である。

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