11番目の水瓶座は、10番目の山羊座が定めた(限定的だが)絶対的な価値観を相対化させます。つまり水瓶座は社会そのものに対して、反抗心を抱いたり、改革に迫ったり、ルールには従わなかったりします。
地のあとには必ず風は吹き、砂を舞い上がらせます。山羊座が作った、地域限定的な、その会社や国でしか通用しない価値観、現場性を開放し、風通しを良くします。これは国規模ではグローバル化を意味します。日本では通じることが、韓国では通用しない、ヨーロッパでは受け入れられないというものは、地域に縛られた息苦しい価値観です。
水瓶座は、境界を超えて、どこでも通用する、普遍的な考え方を探そうとします。だから、山羊座の作ったローカルな社会において、説得力や権威は水瓶座においては失われます。日本の芸能人は、知名度があるからこそ日本では息苦しい思いをするでしょうが、海外では通用していないからこそ、芸能人は一般人になるために海外へ出かけます。
地という物質性から自由になり、風という知性に移るということは、空間的な違いを気にしないということです。年齢や国籍や性別などの身体性に基づくものは地属性の管轄ですから、こういったものも水瓶座は気にしません。理念や価値観が共鳴するのであれば、仲間なのです。
山羊座は空間性における共鳴を重視しましたが、水瓶座では時間性における共鳴を重視します。空間性における共鳴とは、利害の一致や生産性や実現性の一致であり、共鳴するからこそ集団化していきます。だから国や会社や地域の文化は山羊座的です。
水瓶座の時間性における共鳴とは、理念、意志や時間の共有=コミュニケーションそのものの一致です。座標的にまとまっていなくても、理念や意志でまとまるのです。そしてそれは山羊座から見て反社会的です。反社会的だけれど仲間との約束は守る不良たちは、非常に水瓶座的な生き方です。
水瓶座の支配性は天王星で、個性という意味を持ちます。水瓶座がどこでも通用する考え、普遍性を求めるならば、没個性を目指しているので、矛盾するかと感じる方が多いかと思いますが、これは社会(山羊座)という色眼鏡から見ると、普遍的な価値観は異端児に見えるからです。
どこでも通用する考え方とは、一言で言えば合理的な価値観です。合理的な価値観は1+1=2となるように、どこでも通用します。超合理的な人間は個性的に見えますがそうではなく、逆に普遍的であろうとする分、自身の感情的な偏った個性を押さえつけますので没個性的です。だけれど、既存社会においては、革新的で個性的として捉えられます。
空間性を突破する水瓶座は、ITや電気、電波などと親和性が高いです。IT系の企業が私服勤務OKであることが多かったり、合理的な人が多かったりするのは、水瓶座に関連しています。