学生の君たちの中には「生きてる実感」がなくて悩んでいる人がいるかもしれない。おそらく宿題、テスト、試験など、やらなくちゃいけないことに追われて早く解放されたいと思っているかもしれないね。ただ、残念ながら大人になってもその「追われる」感覚は続きます。考え方、生き方の姿勢を変えない限りはね。
「生きがい」を探しているのであれば、今から話すことは答えになるかもしれない。さて、今回は生きがいの話をします。生きがいを手に入れる方法。
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生きてる実感こそ幸せ
あくせく一所懸命働いている人を側(はた)から見て「辛そうだな」と思っても、当人はむしろ生きがいを感じて幸せなケースはよくあります。 僕の周りでも忙しなく活動している方はいますが、目の前のことに対して全力で生きることが楽しいとのこと。大変だから不幸というわけではないのですね。 一方日々の生活に追われ「自分はなにをしているんだろう」と我にかえって、目の前のことに意義を無くし、それでもやらなくちゃいけないと、無理やり自分を動かしている人間もいます。僕もかつてそのような経験があります。 生きている実感=生きがいを感じ人間は幸福感を得る。生きがいを感じない生き方って辛い。 さて冒頭の例では、前者でも後者でも側からみれば同じ光景、でも生きがいを見出している人と、そうでない人がいる。これらの違いはなんでしょうか。ここに生きがいを得るヒントがあります。生きがいとはコントロール欲である
前者と後者での違いは何か。それは「自分の意思でその行動を選択したかどうか」です。やらされていたり、義務感でやっていると、生きがいは感じにくい。なぜなら、それをやる意味を見いだせていないから。意味のないその行動を選びたくないが、それをやるしか術がないという心は、なかなかしんどいものです。 たしかに、いろんなことを全部自分で決めるのはたしかにエネルギーがいります。しかしその分生きがいを得ることができる。自分の人生に対して選択権を持っている感覚、それが生きがいに影響する。 もし、生きている実感がないのであれば、自分で決められることを増やしていこう。どんな些細なことでもいい。「自分で決める習慣」をつくることが、生きがいを得るための第一歩である。 もしやりたくないと思っていること、我慢していることがあるならば、やることの意味・意義がまだ分かっていないからだ。例えば、そのくだらないと思っていることをしたら、300万円くらい手に入ると思ったら喜んでやるでしょう。意味が分かるとはそういうこと。義務感には意味を探そう、価値を見出そう。目先の面倒ではなく、その先の大きな利益。授業ではこのように応用している
僕は授業をするときに、できるだけ生徒たちの意思で様々なことを選ばせるようにしています。やる気に影響するから。 デートに誘うときは「デートいきませんか」と誘うよりも「イタリアンと和食、どちらに行きたい?」と聞く方が上手に誘いやすい。それと同じように「テスト勉強と、授業を進めるの、どちらが良い?」と選ばせてやる気を持たせ、学習効率を高めようと工夫をしています。選ばせる際にはメリットでデメリットをちゃんと伝えることが大事。 自分で選択することで、勉強はやらされてするものじゃないことを暗に伝えることができます。 ただ、実際は生徒たちに選ばせているようで、実は仕向けた方に導いています。 るいさんのFacebook(申請後メッセージを添えて頂ければ快く承認します。お気軽にどうぞ)るいさんのTwitter(深夜ツイート多し)